インタビュー
持ち手付き鞄の印象を決める「ハンドルづくり」
雨が降ってもできる仕事
70年以上のキャリアと伺っていますが、なにがきっかけでレザークラフトの道へ進んだのでしょうか?
まだ高度経済成長を迎える前の、戦後の傷跡が生々しい頃のことです。当時16歳だったわたしは、親のすすめで鞄屋さんを営んでいた叔父のところに奉公するよう進められたのがきっかけです。復興で物資がないなか、“雨が降ってもできる仕事に就け”といわれたのをよく覚えています。屋根の下で仕事ができるだけでもありがたい、ということだったんでしょうね。そんな時代だったので、住み込みで月に300円ほどの収入でしたが充分に楽しくやれました。毎月1日か2日ほどの休みをもらうと、お金を握りしめて浅草に行くんです。映画館で何本も映画をはしごしたり、「トキワ座」なんていうところで演劇を観て、帰りに食べるカレーうどんが美味しかったです。20歳くらいまでは叔父の元で仕事を覚えながらそんな生活をしていました。そこからは独立して、この仕事場でずっと鞄を作っています。
ゼロから生み出す面白さ
手を動かす仕事が減っています。石井さんの仕事の魅力や面白さについて教えてください。
例えば牛革を仕入れても「春牛」「秋牛」という季節の違いもあり、同じものはふたつとない生きた素材です。かたちや質感も違うところから同じパーツを取り、デザイン通りに作らなくてはいけないわけですから、難しくも面白いところです。良い革で作っている時っていうのは独特の気持ち良さがあります。そうやって一枚の大きな革からひとつのカバンを生み出すのは面白いですね。あとは、やはり自分の仕事が人に見られるというところじゃないですかね。職人というのはどこか負けず嫌いのところがあるから、人に見られているという意識がないと上達しないように思います。昔、𠮷田カバンの創業者である𠮷田 吉蔵さんに「イギリスから来たお客さまが『こんな良い職人はイギリスにもいない』と褒めていたよ」と評判を教えてもらったときは嬉しかったですね。そうやって、寝ても覚めても仕事のことばかり考えてしまいますが、それでも満足できることはあまりないです。満足してないから70年も続けてこられたのかもしれないですね。
𠮷田カバンとは70年の付き合い
𠮷田カバンと「二人三脚のもの作り」をするうえで、職人として大切にしていること、心掛けていることはどんなことですか?
デザイナーの企画意図をしっかり確かめて、忠実に作るようにしています。あんまりこっちの都合まで考えてデザインしていたら窮屈でしょうからね。デザイナーはいろんなことを感じながら自由にデザインをする。その図面をもらって型紙からサンプルにするのがわたしたちの仕事です。例えば一枚の革から必要な数のパーツを取り出すのに、良い革をどこに使うか考えるわけです。今回教えるハンドルなんかは一番革の表情が良いところを使わなくちゃサマにならない。そうやって無駄なく、綺麗に作るのが腕の見せ所ですね。師匠にあたる叔父も腕の良い職人で、当時から𠮷田カバンさんとは付き合いがありました。そのままわたしも引き継いだので、もう70年以上のお付き合いになりますね。師匠も難しい部位を上手に使って、普通なら使えないところをちゃんと適材適所に活かすんです。こうした技術は教えてもらっても再現性がないか、大切なポイントだけしっかりと教えてもらって、自分で考えながら応用していくことで仕事を覚えました。ともかく親方の仕事を良く見るようにしていましたよ。
色気や風情は数字じゃない
修業時代からいままで、難しかった作業などはありましたか?また、どのように克服しましたか?
一頭の牛から取れる革は、部位によって柔らかさやコシなどが違いますから、いつも「さて、今日の革はどんなものかな?」と考えながら向き合っています。革の状態を見極めるのは簡単じゃないから挑戦する気にもなるんですね。いつも同じ作業の繰り返しじゃ飽きちゃうし、飽きたら腕も鈍るでしょう。とくに、革の厚さを整える「革漉き(かわすき)」の作業は難しいですね。場所によって厚さも硬さも違うから、分厚いとゴツくなってしまうし、薄すぎると華奢になってしまう。とくにハンドルは神経を使います。固い革の場合は少し薄く漉いた方がコシが出るし、柔らかい場所を使うときはある程度厚みを持たせないと持った感じがしっくりこないんですよ。こればっかりは勘を養う必要がありますね。ノギスで指示通りの厚さに漉いても、色気や風情は出ません。でも、きちんと素材を準備して、段取りを頭に入れてから丁寧に作って行けば、いい表情のカバンはできあがるものです。そういう意味では今も昔も難しいと思ってますよ。でも不思議なもので、作るのが難しかったカバンの方が良く売れたような気がしますね。
仕事は綺麗さとスピードが大事
趣味でも仕事でも、ものづくりをするひとになにかアドバイスはありますか?
なんでも好奇心と探求心を持って、飽きずにやることですね。いまはなんでもパソコンで仕事ができちゃう時代ですが、それでも道具はこだわってみるのも良いかもしれませんね。ペンやノート、カバンなんかでも愛着を持って大事に使っている人は良い仕事をするような気がしますね。わたしは「紺屋(こうや)の白袴(しろばかま) 」じゃないですけど、あんまり自分のカバンは持っていないですけどね。それでも革を切る包丁なんかはいつもしっかり研いで切れ味を大事にしています。親方の仕事で印象的だったのは、包丁がいつもまっすぐだったんです。研ぎ方や使い方がうまかったんでしょうね。わたしなんかいまでも斜めになってしまうんですから、なかなか難しいものですよ。また、上達の指標は仕上がりの綺麗さより速さで見た方が良いと思います。ゆっくりやったからって綺麗にできるわけじゃないんですよ。リズムというか、ある程度のスピード感っていうのが仕事にはあるんです。だから趣味で作っていても、もっと良くしたいと思ったら、仕事のつもりで納期を設定してみて、綺麗に早くできるように挑戦してみると良いですよ。そのために必要な段取りや準備をいつも大事にするようになってくると思います。
今回のレシピ
なぜこのレシピをご紹介するのでしょうか?
わたしは持ち手のついたカバンが得意なので、他の職人さんからよくハンドルの作り方を聞かれるんです。カバンの中で一番触る場所ですし、耐久性だけでなく使い勝手にも大きく影響する部分ですから、職人は一番神経を使うんですね。なかなか教わることがない部分かもしれないということで、今回はハンドルづくりをご紹介できればと思っています。
インタビュー:Kentaro Iida
写真:Tara Kawano